すべては自分に原因があるということを認識する必要性について
ちょっと面倒な話ですが、付き合って頂けますか?
量子物理学という学問があります。
一言では説明できないのですが、大切な事ですから皆さん知っていてください。調べて欲しいですね量子です。
本題に入ります。ハーバード大学リサ・ランドール教授、素粒子物理学の先生なのですが、私たちは4次元さえもおぼつかないのに5次元が確かにあり、それ以上の異次元もなどと発表している方なのですがそんな高等な話ではなくて、自分の身の回りの話です。
例えばこの道を右に言ったら何があって左に言ったら何があるというのは行ったことがなくても行けば分かりますよね?当たり前ですけど。でも、右に行ったとき、左に行ったとき2種類の世界がある、という考え方で、この二つの世界のうち片一方を選んだのは自分、つまり、あなたですね。だから今起こっている現象はすべて自分が選んだ結果なんですよ、って話なのですが、まだ行けそうですか?関係なく続けますが。
左を選んだ時には右を選んだ時に見えるものを見ることはできません。二つの世界のうち一つしか選択できません、実は二つではありませんね。そうです、ある意味無限に近い数の世界があるのかもしれません。無数にある世界の中でこれを選んだのはあなただから、いま現実に起きているすべてのことはあなたの選択の上に成り立っているんですよね?いいですか?と先日弊社で派遣社員として就業してもらっているスタッフに尋ねました。「確かにそうですね」といいます。
それではもう一つ。今この世界の中で(今の現実)向かいにあるビルの中のあの人、ほらあの眼鏡をかけてる男の人。「居眠りしてるように見えますけど」とスタッフ。「そうですね」と私。確かに私にもそう見えます。先ほどの理論からすると、彼の居眠りさえもあなたの選択の上に成り立っている、ということになります、ということはあなたのせいですね。とスタッフに言いました。「いやいや、さすがにあれはあの人のせいですよね?」という答えが返ってきたのですが、これを読んでいるあなたはどう思われますか?
これが“すべては自分に原因がある”という考え方なのですが、どうでしょう?
うまい言葉が見つからないのですが、“自分の選択の結果が目の前の現実だ”という言い方もできます。そして、その目の前に現れた現実は何かの意味を持って目の前に現れています。ですが向かいのビルの人が自分にとって一体どんな意味があるのかなんてわかりません。私にはまだ、悟りもないし、知恵もないからです。大変な修行を積んだ僧侶ならあるいは…。
そう思った瞬間に自分にはとても重大な責任があるという認識になりませんか?
実は私はそう思っていますし、そう意識するようにしています。
能術の考え方でもありますが、すべては自分の中にあります。やはり利用できるものはとことん利用させてもらいますが、最終的には何をするにしても実行者、当事者は自分です。どんな時でも。
極論すれば今日歩く道、なんて大きなものではなく、家から駅までの何百歩のうちの一歩でさえ、あなたの決断なのですね。すごくないですか?そんな偶然の連続の中で毎日を過ごしているんですよ、私たちは。
因みに先ほどのスタッフは最後の最後まで首をかしげていましたけど。それも自分ですよね。
何かにつけて社会が悪いとか政府か悪いとか、テレビが悪いとか新聞が悪いとか、いう人もいますけど、本当は自分次第だと私は思っています。
職場であの人がどうして?なぜ自分かこんな目にあう?あの人はなぜこうなの?ではなくて自分スタートで物事を考えてみると解決策が出てくるかもしれませんね。
もちろん誰に相談するかを決めるのもあなたですが。
能術の“自責”という考え方はとても大事なので意識していただけると良いと思います。
より自分の生活がいいものになるかもしれませんよ。